このツチノコは、各地で呼び名が様々あり、ノズチ、ノズチヘビ、タワラヘビ、ツツマムシなど何十種類もあるようです。
その目撃例も多く、1959年8月22日「逃げろツチノコ」の著者で有名な山本素石氏から始まる。山本氏が加茂川の奥地に入り出津波に襲われ裏街道に逃げてきた時、右手の山の斜面から「チー」という泣き声が聞こえた。その方向を見るとビール瓶のような姿形をした蛇が山本氏の首めがけて飛びかかってきた。山本氏はとっさにそれをかわし。山本氏を襲った蛇は目の前に落ちちょうど対峙する形で睨み合う形になった。山本氏は後退りしながら様子を見て一気に県道まで逃げたそうだ。その後山本氏はツチノコ捜索隊「ノータリンクラブ」を結成し第一次ツチノコブームの火付け役となったようです。
さらに、1972年には、沖縄県の慶良間諸島の屋嘉比島で穴倉氏がツチノコに似た蛇を目撃。
また、その翌年には、福岡県築上郡椎田町でツチノコが魚の網にかかっているのを会社員の中村氏が発見。その網には小さな蛇が3匹と奇妙な蛇が1匹かかっており、奇妙な蛇は体長50cmほどで胴はビール瓶のようで頭はひし形をしており網の目に首を突っ込み死んでいたようです。今までに見たこともない蛇で気味悪くなった中村氏は網ごと河原のアシの茂みに投げ捨ててしまった。後日、この蛇が懸賞がかけられているノヅチだと聞かされた中村氏は河原に行き網を引き上げた所、その蛇は腐敗が進んでおり原型がくずれてしまっていたようです。
さらに同年、岐阜県美濃市に住む元高校教師平林隆夫氏とその妻が、同市市役所下牧出張所の近くの畑の草刈りを終え細い農道を歩いて帰ろうとした所、山側の草むらに頭部は蛇のようで胴体は丸太んぼうのような生き物がいるのを妻が見つけた。その生き物は、山側の高さ2mもある石垣をあっという間に飛び越し雑木林の中に消えてしまった。
1984年には、山中で正体不明の小動物の骨が発見され、骨には大きな牙があり、足がなく、背ビレ状の骨。骨は専門家に鑑定を以来する事になったが、その後の報告は届いていないようです。
目撃証言などから、ツチノコの特徴は、体長 約50cm〜1m 、胴の長さは30〜80cm 、胴の直径は7〜15cm。頭の形は三角形で平たいく、頭皮はワニの皮のように硬い。目は普通のヘビよりも大きく鋭く瞼がありまばたきをする 。ウロコは普通のヘビよりも大きく大人の小指の爪くらいある、と言われています。
また、その行動は、ヘビのように蛇行せず、ジャンプもしくは転がって移動すると言われており、腹は蛇腹で前進後退ができ、尾は短く強靭で木にぶら下がる事ができる。2mほどのジャンプができ、敵を威嚇するときは胴を張り尾部で立ちあがり、「チー」という鼠のような泣き声を発する 。という詳細まで語られています。
その正体は、マムシなどが物を飲み込んだ状態の時、もしくは、新種の蛇だとも言われているようです。
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